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はじめまして

 投稿者:ヤム  投稿日:2012年 3月13日(火)21時54分22秒
返信・引用
  はじめまして、日は浅いですが、矢口先生の大ファンです。
私も、矢口先生の近況のニュースがなくて、先生はお元気なのかしらと、心配していました。
ですので、矢口先生がお元気とわかって、とてもうれしいです。
(ご夫婦でお互いの写真が待ち受け画面だなんて素敵!)

ご家族の方が大変なご様子なので、無理は申し上げられませんが、
それでもたまに掲示板にでも、先生の近況を書いていただけると、嬉しいです。
(新参なのに出しゃばってすいません)


 
 

Re: 悲しいな

 投稿者:ファン  投稿日:2012年 3月12日(月)16時22分29秒
返信・引用
  > No.20[元記事へ]

かおるさん、ご返答いただきありがとうございます。
矢口さんやご家族の方々をはじめ、ファンのみなさんに余計な負担をかけてしまったかな?と
掲示板に書いたことを後悔しながら見返してたところのご返答、ほんとに感謝にたえないです。
ただどうしても居たたまれなくて勢いで書いてしまいました。

ごめんなさい。失礼を承知でさらに書きます。
私は矢口さんのことを思うとき、いつも真人公園のたらいや、青空とりんご農園の匂い、成瀬川のせせらぎなど
都会にいても孤独でも故郷を感じ、勇気を持って行こうと勇気づけられるのです。
もっともっと他にもあるんですがうまく書けなくてスミマセン。

矢口さんはべっけやろー、世紀の美青年と書いてたころとは違い、一般的な括りで言うところのご高齢。
正直なところ、このまま伝説の~など生きながら過去の人になってもらいたくない。
遠い存在の人になってほしくない。
いつまでも、秋田に帰ってきたら、おのおのの故郷に帰ってきたらそこにいるような人であってあってほしい。

なんでもいいんです。矢口さんの話が聞きたい、とんぶり食って地元で食うほうが断然うまいとか、
今年の巨人の補強がどうとか、秋田に今度里帰りしたら何がしたいとか、近況だけでも定期的に書いてはいただけ
ませんでしょうか?もちろん、パソコンなどのまどろっこしい単純明快ではない機器が嫌いなことは存じてます。
好き勝手に思うまま書いて申し訳ないと思いますが、素直な気持ちをぶつけたつもりです。
なんでもいいです。矢口さんの肉声が聞きたいです。
おそらく地下で進行中のクニマスのこことか・・・。

 

Re: 悲しいな

 投稿者:矢口かおる  投稿日:2012年 3月11日(日)23時55分15秒
返信・引用
  > No.19[元記事へ]

ファンさんへのお返事です。

> 矢口さんの独り言がないと近況がわからず寂しい。このまま埋もれてしまうのはもったいない。

こんにちは、はじめまして。私は矢口の次女のかおると申します。
矢口ワールドの更新がなくて申し訳ありません。
このHPを運営している私の姉の由美が現在も入院中です。父はパソコンができず
更新されていません。ファンの皆さんにはご迷惑おかけしておりますが、姉が
回復するまでしばらくお待ちください。

矢口の近況ですが、本人はいたって元気にすごしています。
最近の事件といえば、両親揃って70歳を過ぎて初めて携帯電話を持ったことでしょうか。
スマホなんて、そんなたいそうな携帯電話ではなく簡単なものですね。
二人ともまだ使いこなせず、電話してもうまく取れないこともしばしばです。
そんな両親の携帯電話ですが、私はちょっといたずらしちゃいました。
父の携帯電話で母の写真を撮り、母の携帯電話で父の撮り、お互いの写真を待ち受け画面
に設定しました。なんて仲良し夫婦なんでしょう♪二人とも操作できず、そのまま使ってますよ!
 

悲しいな

 投稿者:ファン  投稿日:2012年 3月 9日(金)11時23分3秒
返信・引用
  矢口さんの独り言がないと近況がわからず寂しい。このまま埋もれてしまうのはもったいない。  

日本や家族を支えた矢口先生世代に感謝

 投稿者:プロスト  投稿日:2012年 3月 1日(木)06時04分43秒
返信・引用
  矢口先生も父親としての役割が有りますが、矢口先生が素晴らしい仕事をされたので、家族が食べて行けるのです。
家族が働かなくても食べて行けるのは、矢口先生が仕事を頑張られたからです。
私は仕事に一生懸命な真面目な矢口先生は高度経済成長期を支えたおやじたちの生き様そのものであり、お蔭で日本も家族も豊かになり、素晴らしいことだと考えます。
 

もう一度、読もうかな

 投稿者:釣りキチ三平♪  投稿日:2012年 2月13日(月)01時41分48秒
返信・引用
  釣りキチ三平の絵が出品されているのを見て懐かしくてここに辿り着きました。
小さい頃によく読んでいたのでとても嬉しいです。

もう一度最初から読んでみようかな♪
 

応援しています

 投稿者:よしだ  投稿日:2012年 2月12日(日)02時29分53秒
返信・引用
  子供のころから釣りキチ三平を読んでいました。

やはり今思うのは、一平じいさんと三平くんが活躍するところを見たいということです。
残念ながらストーリー上では一平じいさんはお亡くなりになっていますが、
マンガに関わらず芸術というものは、時間を過去にもどしても
受け手の読者がOKならば何の問題も生じないものだと思います。

なんとかよろしくお願いします。
 

矢口ファミリーに感謝!

 投稿者:悠月  投稿日:2012年 2月 8日(水)09時51分12秒
返信・引用
  このホームページを見る事が楽しみになっています。
今後のホームページにも期待しています。
 

初めまして

 投稿者:赤井  投稿日:2012年 1月15日(日)21時33分41秒
返信・引用
  『ふるさとって何ですか』を今日読み終えました。
読んでいて私も子供の頃のことが懐かしく思えてきました。

恥ずかしながら先生のマンガは今まで読んだことがなくて
ついこの間『釣りキチ三平』『蛍雪時代』を読んだところです。
少年時代へのノスタルジーが感じられるのが矢口作品の魅力ですね。
これからもいい作品を書き続けてください。では。

http://space.geocities.jp/studyofcandy/mirrorman/

 

矢口先生へ

 投稿者:小島邦章メール  投稿日:2012年 1月 7日(土)11時48分6秒
返信・引用
  矢口先生、初めまして。矢口先生の作品に出会ったのは小学生の中学年であります。友人が学校に持って来てはいけないであろうマンガを持参してきたのです。そのマンガが「釣りきち三平」でした。もうずいぶんと昔のことですから、微かな記憶でしかないのですが、多分青鮒の巻であったと思います(間違っていたら申し訳ありません)。その友人の本を貸してもらい家で堪能し、釣り好きの父にもみてもらい買ってもらおうという目論見でした(当時はおこずかいはもらえませんでしたが子どもの自分は結構狡猾であったなぁと思います)。そうこうしているうちに、リアルタイムで三平くんを追うことができました。アニメも毎週みていました。高校生から三平くんと別れを告げ学業に専念することとなりました。サラリーマンになってからも気になる作品であったので昼の休憩時間に外で食べに行き、釣りきち三平をさらっと読んで職場に戻ることをしておりました。その後家を建て替えることとなり、全巻揃えた矢口先生のマンガが母に捨てられていることに気がつきました。かなりもったいないことをしてくれたなぁと思いましたが後の祭りです。過去のものは帰っては来ません。その後は鷹匠のストーリー作品(戸川幸夫共著)や奥の細道(絶品)を手元に置いてあります。とまぁ私の戯言ではございますがご一読いただければ幸いでございます。なお母は健在で、先生と同い年であり元行員でした。なにか不思議なものを感じます。  

Re: 心に残る作品

 投稿者:きっぽ  投稿日:2011年10月31日(月)23時02分31秒
返信・引用
  > No.11[元記事へ]

ケバブさんへのお返事です。

間違っていたらごめんなさい。
カバブさんの言っているマンガは本当に矢口先生のものでしょうか?
弘兼憲史先生の人間交差点ではないでしょうか?
自信はないのですが、もし、誤っていたら、矢口先生に失礼ではないかと思い、書き込みを
躊躇していました。


> 今から30年以上前、当時は小学校3年?4年生だったと思いますが、通っていた耳鼻科の待合室で読んだ矢口先生の作品が忘れられません。
>
> 短編だったと思います。話の内容もあまりよく覚えていませんが、新任の女教師と麦わら帽子がトレードマークの生徒の話だった(?)と思います。ラストはその女教師が死んでしまい、その生徒は成長して教師になった。そして土手のような場所で「あの時、この麦わら帽子を貸していれば先生は死ななかった」と回想していました。女生徒が彼を見つけ「あっ野田先生だ!野田先生~!!」って手を振っているシーンだったとおぼろげに記憶しています。
>
> 今どうしても読み返したいです。どなたかご存知の方がいらっしゃったら題名と収録されている巻を教えて下さい。即買いに走ります。
>
> 矢口先生の才能は釣りが題材じゃなくてもいつまでも心に刻まれる話を描ける所だと思います。
>
> 勿論、釣りキチ三平も貪るように読みました。私は釣りは奥が深過ぎてのめり込む事ができませんでしたが、河童がが出て来る話とか今でも覚えています。
>
 

心に残る作品

 投稿者:ケバブメール  投稿日:2011年10月15日(土)14時26分18秒
返信・引用
  今から30年以上前、当時は小学校3年?4年生だったと思いますが、通っていた耳鼻科の待合室で読んだ矢口先生の作品が忘れられません。

短編だったと思います。話の内容もあまりよく覚えていませんが、新任の女教師と麦わら帽子がトレードマークの生徒の話だった(?)と思います。ラストはその女教師が死んでしまい、その生徒は成長して教師になった。そして土手のような場所で「あの時、この麦わら帽子を貸していれば先生は死ななかった」と回想していました。女生徒が彼を見つけ「あっ野田先生だ!野田先生~!!」って手を振っているシーンだったとおぼろげに記憶しています。

今どうしても読み返したいです。どなたかご存知の方がいらっしゃったら題名と収録されている巻を教えて下さい。即買いに走ります。

矢口先生の才能は釣りが題材じゃなくてもいつまでも心に刻まれる話を描ける所だと思います。

勿論、釣りキチ三平も貪るように読みました。私は釣りは奥が深過ぎてのめり込む事ができませんでしたが、河童がが出て来る話とか今でも覚えています。
 

(無題)

 投稿者:なべメール  投稿日:2011年 9月 7日(水)22時44分29秒
返信・引用
  矢口先生はじめまして。
小学生の僕が「釣りキチ三平」と出会ったのが三十数年前、その中でも三平君がカナダでキングサーモンフィッシングが何故か僕の心に強い印象を与え、大人になったらカナダでキングサーモンを釣り上げる事が僕の夢となりました。
それから十数年後に、転職を機に単身バンクーバーに行き、キングサーモンを釣り上げた時には感激して思わず涙が出てしまいました。
それから、十数回サーモンを釣りにカナダに行きましたが、未だにカナダへの気持ちは小学生の時と変わりありません。
難しいとは思いますが、矢口先生と一緒にカナダで50ポンドサーモンを釣り上げる事が僕の今の夢です。
普段は、堤防を短竿で黒鯛を主としてヘチ周辺の魚釣りをたのしんでいます。
黒鯛師の僕としては、三平君に黒鯛のヘチ釣りで日本記録の黒鯛を釣り上げてほしいですね。
「釣りキチ三平」を通じて、僕に釣りの楽しさを与えてくれた矢口先生には感謝しています。
機会があれば、動画や写真も見て下さい。
 

御礼

 投稿者:あんず  投稿日:2011年 8月29日(月)12時05分22秒
返信・引用
  昨日、春日部ロビンソンでサイン会がありました。
朝開店前に並んで整理券をもらい、午後1時から始まりました。
整理券があるので1時に行ったら、もう始まってました。(*^_^*)
書いてある色紙を渡されると思っていたのに、何と先生が その場で、しかも三平の
絵の色紙、握手までして頂き、感激の1日でした。
「つりきち」は見ているだけで元気が出ます。益々大好きになりました。
ありがとうございました。
本にはサインだけでなく絵も書いて頂き、宝物です。
 

昨日テレビで羆風

 投稿者:谿と魚  投稿日:2011年 8月19日(金)17時33分39秒
返信・引用
  昨日テレビで羆風の事件の話をやってたので、久しぶりに矢口先生のホームページに来て見ると!!
なんと、掲示板が、変わってるではないですか~!!

掲示板の管理は大変すぎるので、私はブログにしました^^

今年の夏は異常なので、お体を大切にお過ごしください^^

ミクシイの方には時々、三平グッズを載せてもらってます^^
名前は、トトラテ です^^

それではまた^^

 

ヤフーチャリティー

 投稿者:悠月  投稿日:2011年 8月15日(月)09時24分13秒
返信・引用
  ものすごいヤマメの色紙が出てきましたよ! 落札できる人が羨ましい~。  

亡き父の思い出

 投稿者:進藤康平メール  投稿日:2011年 7月26日(火)23時37分49秒
返信・引用
  はじめまして矢口さま
17年前に亡くなった父が学生のころ湯沢(十文字だったかも?)の下宿先で矢口さまと同じ釜の飯を食べたと思い出話をしていたのを思い出しました。
父の名前は 進藤三雄 と申します。淀川の生まれです。
覚えてらっしゃいますか?
 

ヤフーチャリティー

 投稿者:悠月  投稿日:2011年 7月25日(月)23時31分33秒
返信・引用
  三平君と一平爺さんの並んだ色紙は非常に珍しいので、またオークションが盛り上がる予感!  

兄の17回忌にて

 投稿者:雄物川町の小西メール  投稿日:2011年 7月16日(土)01時04分37秒
返信・引用
  初めて投稿させて頂きます。17年前34歳にて東京より長男の為、田舎に戻り1カ月後トラクター事故にて他界した兄の法事の為、今回母のたっての願いにてリトグラフですが矢口先生の絵を田舎に送りました。兄の死を発見したのが母でしたのでどうかなと?思いましたが涙を流しながら写真に話しておりました。成瀬川と鳥海山(法体の滝)に岩魚釣り行き、竹の子を取って来たな~なんて話しており・・・。もういいべしゃ、孫も釣り好きだがらナ。  

三平養成塾?

 投稿者:makiメール  投稿日:2011年 7月12日(火)21時30分23秒
返信・引用
  はじめまして 私は福井県にある NPO法人 こどもみらい自立支支援ネット のスタッフです。主に活動全般とWEBを担当しています。この度、福島県より児童を30人夏休み期間福井県へ受け入れることとなりました。主な活動は海、山・川、自然の中でで子ども達を元気にする『生きる力養成塾』を行っています。私の目標は子ども達をみんな三平君にすること、日本中のこどもに元気を!! がんばれ!!東北!! 貴重なスペースありがとうございました。  

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